月別: 2017年9月

妊娠・出産ってツラいのは陣痛と分娩だけだと思っていました

遠距離恋愛を経て結婚した私。結婚してからも仕事の都合でしばらくは別居婚でした。

ようやく一緒に暮らすようになり、直ぐに授かった新しい命に夫婦そろって大喜びしたのは、ついこの間のことのようです。私は妊娠しても、無理をしなければ仕事は続けられるものだと思っていました。

ある程度お腹が大きくなれば産休に入り、大きくなったお腹をなでながら穏やかに生まれてくるのを今か今かと楽しみにしているものだと思っていたんです。

しかし私のマタニティーライフは全く想像と違っていました。

というのも、妊娠早々酷い悪阻が私を襲ったのです。本当に何も口にすることができず、水やお茶を飲むのさえやっとの思いでした。食事なんて食べられたものではありません。

パウチタイプのゼリーを横になって吸うのがやっとといった感じで、栄養を摂らなくてはいけないと分かっていながらも私の体重はみるみる減っていくばかりでした。

妊娠初期はよく何もなくても「無理しないように」「できるだけ安静に」と言われるそうです。当然ですが、私は意図的に安静にしていたわけではありません。それらのに、まさかの不正出血まで始まって本当に何が何だか…といった状態でした。

つわりで食事はできない、吐く物などないのに酷い吐き気、そしてトイレに行く度に見る不正出血…本当に大丈夫なの?ちゃんと育っているの?と毎日が不安で仕方ありませんでした。

本来なら4週に1度と言われている初期の健診も切迫流産と言われ週に1度は病院に通い。つわりや不正出血が落ち着いたのは安定期に入ってしばらく経ってからのことでした。

これでようやく落ち着いたマタニティーライフを過ごせるかと思っていたのですが、まさかのタイミングで義父が倒れ、義家族から「長男の嫁なんだから面倒をみろ!」などとひっきりなしに連絡が来るようになったのです。

その頃、私は切迫流産の危機を脱したものの今度は切迫早産と言われている時期だったので、とてもじゃないけど入院している義父の面倒など診られる状態ではありません。

精神的に大きくダメージを受け病んだ時期でもありました。とても穏やかなマタニティーライフではなかったです。主人とも毎日ケンカばかりだったので…

妊娠と出産ってツラいのは長く続く陣痛と”鼻からスイカ”と言われる分娩の痛みだけだと思っていました。

でもそれは大きな間違いで、妊娠すると酷いつわりに襲われたり、不正出血や些細なことでブルーになったり、妊娠初期からツラいことだらけだった気がします。

それでも娘が元気に生まれてきてくれたあの喜びで全てが帳消しになった気がしています。

不妊治療をやめたら・・・。高齢出産でやっと会うことが出来た三人目の赤ちゃん。

30代で次男を出産。私はどうしても三人子供が欲しかったのですが、その後はなかなか授からずにいました。

40歳を目前に不妊治療を開始したのですが、子供が出来ない原因も分からず周期に合わせて薬を飲み、タイミングを合わせること2年。

薬による副作用はきついのに、それでも子供が授からないことで落ち込む日々。そんな時夫に言われた言葉が、「うちには健康に育ってくれている子供が二人いるよ?まだ見たこともない三人目の子供のためにお前が体調を崩して暗い顔をしているのは何か違うんじゃない?」でした。

その言葉にハッとして不妊治療を諦め、今そばにいる二人の子供のために楽しく生活しようと決めました。

私の仕事はシフト制ですごく忙しく、夜、子供を夫だけに預けることも多くありました。

子供にも淋しい思いをさせていることもあったため、次男の小学校入学を期に退職。家庭に入ることにしました。

3月に退職し、4月は次男の入学の準備に追われる日々。無事に入学式を終えたころ、ずっとすっきりしない体調不良と生理が遅れていることに気が付きました。

「まさかね・・・。」と思いながらも検査をしてみると・・・。

何と、陽性判定!

2年間、薬を飲んでタイミングを合わせても授からなかったのに、まさかの自然妊娠でした。

その時の年齢、43歳。

高齢であるがゆえに不安も大きく、すごく悩みました。

でも、ずっと待ち続けていた三人目の赤ちゃん。

その子がどんな状態で生まれてこようと受け入れる決心をして夫に話しました。

夫はやはり驚いていました。そして、「大丈夫かな。」と。

私の「堕ろす選択肢はないよ?」と言う言葉に、「そうだな。育てようか。」と、答えてくれました。

妊娠期間中は、やはりネット検索魔になってしまいネガティブなことばかり考えてしまうこともあったのですが、それに反してお腹の中ですくすくと成長する赤ちゃん。本当に頼もしい限りでした。

性別も初めての女の子と判りさらに期待が高まる中、今回初めておくるみやトッポンチーノという赤ちゃん専用の座布団を手作りしました。

毎日生まれてくる赤ちゃんの顔を思い浮かべながら、時々ネット検索魔になりながらも人生最後のマタニティライフを楽しんでいました。

しかし臨月に入り出産準備も整ってきたころ、緊急入院することになりました。

赤ちゃんの推定体重が小さく、前回の診察から育っている様子がないとのこと。

胎児心拍数モニターでも時々心音が落ちるとのことで、入院して赤ちゃんの様子を観察することになりました。

「ここまで順調にきたのに・・・。」

私は妊娠初期に抱えていた高齢出産に対する不安を毎日考えるようになってしまいました。

「赤ちゃんに問題が起きていたらどうしよう・・・。」そればかり考えていました。

経過を観察した結果、赤ちゃんが陣痛に耐えられるだけの体力はないだろうと判断され、帝王切開へ。

生まれてきたのはなんと、標準体重である2800gの元気な女の子でした。

しかし、赤ちゃんはへその緒を体にぐるぐる巻きつけた状態で生まれてきたとのこと。

結果的には早めに帝王切開したことは良かったのです。

もし、陣痛が来るのを待っていたら・・・。自然(経腟)分娩を行っていたら・・・。

何かしらのトラブルの可能性も高かっただろうと言われました。

現在その時の赤ちゃんも、もうすぐ3歳。

お兄ちゃんたちに負けないくらいのヤンチャな女の子です。