胎教は本当に効果があるのかどうかとても疑問

妊娠中の時は「胎教」を意識していました。

子供を穏やかな性格の子に育てたいという思いもあって。

そしてまあ、「できるだけ能力の高い子に」なんていう思いもあって、それで胎教を意識していたのです。

しかし、出産して今思うことは「胎教ってあまり効果ないのかも?」なんてことです。だって妊娠中にはできるだけ穏やかに過ごすように努力していましたし、クラッシック音楽を聴いたりと、胎教だってやっていました。けれど、胎教をしていた長男はあまり効果を感じられないのですけれどー。

そして胎教はとくにしていなかった次男は穏やかな性格ですからね。ですからもう、子供の性格や能力は胎教云々ではなく、「遺伝」によるものだーなんてことを思うのです。胎教をしたところで、天才児になるわけではないのでしょう。すべては遺伝によるところなんじゃないかなーと、今更ながら思います。

確かに穏やかに過ごすことは、マタニティーライフにおいてとてもとても大事なことでしょう。

昔は出産なんて命がけのことでしたし、それに妊娠中だって具合を悪くする人が多いじゃないですか。今だってそうでしょう。

だからこそ、胎教もそうでしょうけれど、マタニティーライフが少しでも落ち着けるようにみなさん心がけているのでしょう。私にしてもそうですよ。けれど、健康上のことはクラシック音楽を聴いたところでどうにもなりませんしね。

そして私が激しい性格ですから、少しでも落ち着けるようにと胎教目的もあって穏やかなクラシック音楽を聴いていたのですけれど、長男の性格を考えますと正直「あまり効果がなかったかなー」なんてことも思ってしまったりなんかして。

すべては「遺伝だな遺伝!」なんてことを思ってしまいますね。性格が激しいのも遺伝だと思います。胎教をしたところで、子供自体にはあまり効果がないのかもーなんてことを思ってしまいますね。ママが落ち着くのにいいかもしれませんけれど。

しかしマタニティーライフでは、ショパンの「子犬のワルツ」なんかよりも、シューベルトの「魔王」的な感情になることも多々あったように思います。

イライラして旦那と夫婦ケンカをしたりもしましたからね。バックミュージックは魔王ですよ、魔王。

夫婦ともに激しい性格ですから穏やかな子供になってほしいと、胎教を意識したのですがあんまり効果がなかったなーなんて思ってしまう感じです。今でもクラシック音楽のCDを見るとマタニティーライフを思い出しますね。

シンガポールでの妊娠生活

 シンガポール人の旦那と結婚して、3年の月日が経ち、猪年になったとき、突然子作りが始まりました。ふと、周りを見れば、旦那のお友達の奥さん、皆さん、妊娠しています。

何事かと思ったら、なんと、この年は、何年かに一度しかやってこない「金豚」の年だというのです。

「金豚」の子は、お金に困らないらしく、そういう風習、昔からの考え方を大事にするシンガポール華人たちは、一斉に子作りに入りました。

私もなんとか滑り込みセーフで、妊娠することができました。妊娠3か月から始まった悪阻で、日中ほとんど寝て過ごすようになりました。匂いに敏感になり、食事を作ることもできませんでした。

テレビで、食べ物が映っただけで、気持ちが悪くなるという、そんな日々を送っていました。

寝ているときだけ、悪阻を忘れることができました。

ただひたすら、寝て忘れようと頑張る私でしたが、たびたび邪魔が入りました。

旦那のお母さん、つまり、義母です。当時、電車で30分くらい離れた場所に住んでいましたが、私が妊娠してからというもの、毎日のように家を訪問されました。

初めての妊娠で不安に思っているであろうと心配してくれたのだとは思いますが、お義母さんの相手をすることがどんなに今の私にとって苦痛なことか・・遠回しに何度となく言いましたが、全くお義母さんには届きませんでした。

毎日のように、我が家に来て、我が家の台所で、妊娠中に飲めば透き通った皮膚の赤ちゃんが生まれるとかで、かなりの高級食材である「燕の巣」を食べさせられました。しかしながら、悪阻で、何もたべられなかった私には、この「燕の巣」が何かの罰ゲームであるかのように、重く、きつく、辛かったです。

無理して食べると、吐いてしまうので、あまり意味がないことも何度も説明しましたが、全く聞いてもらえませんでした。今だから言いますが、お義母さんが返ったあと、即ごみ箱行きになっていました。

悪阻がやっと終わりを迎えたころ、私は、うれしくて、何かを食べられることに感動し、いろいろ今まで我慢していたものを食べるようになりました。

悪阻から解放され、ちょっとハイテンションな私を見て、お義母さんが「パイナップル、生物はダメ、寿司は絶対ダメ、ネイルもカラーもダメ、コーヒーも飲んではダメ」と私のテンションをガンガン低くする言葉を発し始めました。

そして、最後には、「本当に、大丈夫なの?あなた?」と言われ、この言葉を聞くのが苦痛になり、私は、シンガポールで出産するのをやめ、5か月のとき、日本へ里帰り出産することにしたのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です